2021/08/13 メインクエスト4.3-紅蓮【04.十六夜の月 Part.2】を更新しました。

【FF14 雑記】リターン・トゥ・イヴァリースは何故素晴らしい体験となり得たのか

「リターン・トゥ・イヴァリース(以下、RtoI)」のシナリオまとめが完了しました。再プレイでもやっぱり最高でした。実装当時は、パッチの間が半年あいてしまうので、どうしても記憶が飛び飛びになってしまっていましたが、改めて一気にプレイして全てに心奪われました。ありがとう松野氏。

私はFinal Fantasy Tactics(以下、FFT)の大ファンであり、ひいてはディレクターを務めていた松野泰己氏のファンでもあります。であるが故に、期待半分不安半分でRtoIをプレイしていたわけですが、全く杞憂でした。何より構成があまりに素晴らしく、FFTに限らず、コンテンツのクロスオーバーとはかくあるべき、というような正解を見た気すらしました。そうして、感情に任せてテキストを書き綴ったわけです。

なお、本項は初回プレイ時Lodestoneへ掲載した記事を、シナリオまとめが終わった今改めて書き直したものです……が、結論等一部変更しています。
また、当然ネタバレがありますので、未プレイの方はご留意ください。

リターン・トゥ・イヴァリースについて

FF14のパッチ4.Xで展開されたクロニクルクエスト、リターン・トゥ・イヴァリースは、主にFINAL FANTASY TACTICS(FFT)、及びFINAL FANTASY XII(FF12)を下敷きとして語られる物語です。
元を知らなければ楽しめない構成にはなっていないものの、知っていたほうが楽しめるのは間違いないことや、ここでしか出てこない単語等も多いことから、よりリターン・トゥ・イヴァリースを楽しむためのガイドブックを作成しています。
是非あわせてご参照ください。

STORY | 2.クロニクル-リターン・トゥ・イヴァリース【00.ストーリーを楽しむためのガイドブック】

前提

FFT、FF12とは

RtoIはFFTとFinal Fantasy XII(以下、FF12)をテーマとしています。その中でも主たる下敷きとなったFFTは、1997年にPlayStationにて発売されたシミュレーションRPGです。当時オウガバトルシリーズで有名であった松野泰己氏や、吉田明彦氏、皆川裕史氏など、旧クエスト社の制作陣が当時のスクウェアに移籍して制作されました。なお、FF12も当初同様の体制でしたが、松野氏は病気療養の為途中降板されています。

FFTはファイナルファンタジーの名を冠しているものの、他のナンバリングタイトルとは性質を異としています。戦闘がシミュレーションRPGということに加え……人間と戦争を描き、決して勧善懲悪ではなく、どこか救われない物語は、オウガバトルのシナリオを彷彿とさせます。

FFTもFF12もイヴァリースを舞台としています。FF12は過去の物語であり、FFTは遥か未来(とはいえ、FF12の頃より文明は衰退し、中世ヨーロッパのようになっていますが)を描いています。いずれも同じくイヴァリースが舞台であり、それらをもとにしたコンテンツのため、FF14ではRtoI……「イヴァリースへの帰還」という名称になっているわけです。

なお、私はFF12をあまり熱心にプレイ出来ていません。よって、FF12側の話はどうしても薄くなってしまいます。どうやら本編のアシエン達の設定・紋様はまさにFF12から引用されていることが多いらしいので、知っておきたい気持ちはあるのですが……。

RtoIとは

4.Xシリーズで展開された24人レイドRtoIは、実装当時少し高めの難易度でありながら、多くのメンバーが適切な行動をとれればとり返しのきく、いわゆる「歯ごたえのある」コンテンツでした。最近は難易度も下がり、事故もめっきり減りましたね。

クロスオーバーということで、随所にFFT及びFF12の要素が入っています。登場人物の名前は然り、BGM、場所、敵やボス、技名に至るまで、ファンならば小躍りするような要素がちりばめられています。

なお、ガイドブック記事シナリオまとめ記事中では、FFTの元ネタについて折りたたみ等で触れています。本当はFFTをプレイしてほしいのだけれど、初代PSでの原作、及びPSP及びスマートフォンで発売されている「FFT獅子戦争」の駄目なリメイク以外にプレイする方法がないというのはとても歯がゆいところです。Steam等に出ないものでしょうか……と、唐突に物申す。ついでに「タクティクスオウガ運命の輪」もPSP以外のハードでお願いしたいです……。

それぞれの物語

本項は、FFTとRtoIを比較するための前提条件を示すためのものです。
物語を理解できている方や、本題のみ読みたい方は飛ばして次項に進んでも問題ありません。

1997年に発売されたFFTの物語

貴族の子として生まれたラムザと、その家の使用人の子として生まれたディリータ。ふたりは身分の差がありながら兄弟のように育つのですが、ディリータの妹の死をきっかけに袂を分かちます。

表の歴史で活躍するディリータは、奸計を巡らしつつ成り上がり、最終的に王妃オヴェリアを娶ることでイヴァリースの王となります。

悲劇のFFT

なおFFTのエンディングでは、オヴェリアは目的を達するために手段を選ばないディリータへ強い不信を抱き、ナイフで抹殺を試みます……が、ディリータには通じず、逆に返す刀で刺傷を受けてしまいます。どうやらディリータはオヴェリアの生い立ちに共感し、本当に愛していたようなのですが――こうしてFFTは悲劇として幕を閉じます。

対してラムザは、時の権力団体であるグレバドス教会が、聖石の力を用いて求心力を回復させようと暗躍していること、及び聖石そのものの危険性に気が付き、それを止めるために行動し、最後にはアルテマを討伐します。これがFFTのゲーム本編です。最終決戦後行方不明となりますが、松野氏によれば、どうやらラムザは生きており、旅に出てその後の行方は杳として知れず、というのが正史のようです。

そしてFFTは、アラズラム・デュライとともに「デュライ白書」を紐解き、真の歴史を探求するという構成になっています。もともとFFTは劇中劇なのです。

余談ですが、FFTはディリータとラムザのダブル主人公の予定だったそうです。ラムザとして歴史の裏を動き、ディリータとして歴史の表を体験する。結局コストの問題から早々にカットとなったそうなのですが、ぜひその体験をしてみたかったですね。

FF14における「ゾディアックブレイブストーリー」

一方、そんなFFTを下敷きとして作られたRtoIですが、実装前から「FFTとは全く別物である」ことが明言されていました。続編でも前編でも外伝でもなく、RtoIはあくまでもFFTを元ネタに、FF14の世界にあわせて新たに作られたものです。ラムザもアルマも出てきますし、聖石もルカヴィも出てきますが、FFTの物語と直接関係はありません。
例えばFF14とFF15のコラボのように別世界からやってきたということはなく、あくまで似ているだけです。

元のドット絵のイメージとは似ても似つかないラムザだが、そのはずFFTのラムザとは別人。

そんなFFTとは別世界であるFF14のガレマール帝国には、FFTと“似た”話……「英雄王ディリータ」の物語が伝わっていました。
FF14の世界では、ゾディアックブレイブストーリーといえば、特にこの「英雄王ディリータ」を指すことが多いのだそうです。

異邦の劇作家

ガレアン人の間では子どもでも知っているおとぎ話のような伝説さ。
かつてイヴァリースと呼ばれた国がどこかにあった。恐ろしい悪魔や魔物、災いが起こると、12人の光の勇者が現れイヴァリースに平和をもたらすという。その12人の光の勇者を人々はゾディアックブレイブと呼んだ。
ゾディアックブレイブはその時代ごとに登場するんだが、占星術師メレンカンプ、聖人アジョラ、暗殺者アシュレイ、私が知る限り8組はいるが、一番人気は平民王ディリータだ。

異邦の劇作家

アトカーシャ王朝の時代、世継ぎを失ったことにより、黒獅子公と白獅子公の二手に分かれて後継者戦争が勃発した。
その時、彗星のごとく現れたのがディリータという名の若者だ。
戦渦によってイヴァリースが焦土と化す中、ディリータは11人の仲間と共に平和を取り戻すために奔走する。新生ゾディアックブレイブと呼ばれた彼らは見事、実現するんだ。
この英雄譚の歴史性について学者たちが長年にわたり調査、議論を続けているが、未だに確固たる物的証拠がない。そのため「史実」としては扱われていないのが現状だ。イヴァリースがどこにあったのかも不明だし、物語にバリエーションが多すぎて、どれが本当でどれが虚構なのか判断することは不可能だ。
もっとも新しい時代のディリータ王の英雄譚ですら諸説ある。
オヴェリア王女と結婚し国を引き継ぐというのが定番だが、即位の前にディリータは暗殺されたという物語もあるぐらいだ。

異邦の劇作家

まぁ、吟遊詩人が口訣で伝える過程で、民衆が喜ぶようにとどんどん脚色されていった結果、こうなってしまったんだろうね。
いずれにしても真相は藪の中。神のみぞ知るってね。

RtoIにおける「英雄王ディリータ」の伝説

先に述べた通り、FF14における英雄王ディリータは、FFTのストーリーと別物なので、大筋は似ているものの、細部が異なります。

またFF14の世界においても、英雄王ディリータの物語にはいくつかの派生形があったようです。物語は、時と場所によってアレンジが加えられます。現実でもありますね。シンデレラの原作は、ガラスの靴に足が入らない姉たちの足を継母が切り落としてしまうという(現在の基準だと)残酷なものですが、ディズニー版ではそんなことしません。

話がそれましたが、というわけで一番有名なFF14の英雄王ディリータとは「ディリータが聖石をあつめて悪を倒す」というとても単純なものでした。

劇団マジェスティックが演じた「ゾディアックブレイブストーリー」

この単純な英雄王ディリータの物語を再構築し、舞台として大ヒットさせたのがジェノミス・レクセンテール。

真の名をアラズラム・デュライといいます。

彼は、世に伝わる英雄王ディリータの物語を下敷きとし、先祖のオーラン・デュライが書いた禁書「デュライ白書」の要素を少し絡めた戯曲を制作。帝国で大ヒットさせます。

異邦の劇作家

ゾディアックブレイブの伝説をモチーフとした戯曲は、たくさんあるんだが、ミュージカル仕立ての今作は最高傑作と高い評判を得ることができた。
何気にジェノミスはこの伝説を戯曲化することが初めてでね。以前からいつか戯曲化したいとは聞いていたんだが、まさかミュージカル仕立てにするとは思ってなかったよ。
作詞は当然だが作曲もジェノミスが手がけていてね、まさに天才とは彼のような男をいうのだろう。

異邦の劇作家

全編5幕からなる戯曲で、前半3幕は教会の命令で、暗躍するディリータが、オヴェリアとの出会いにより改心し、彼女を真の女王にしようと誓うところまで描かれた。
後半2幕は獅子戦争が終結へと向かう中、その戦功を武器に、遂にオヴェリアとの婚姻を手に入れる。だが、その恋は悲劇で終わるというラストだな。
周りに嘘をつくことで己が目的を隠すディリータが、その真意を神に打ち明ける一方、オヴェリアはその嘘に翻弄され、決別を神に誓うというアンサンブルが実に最高だったねぇ。

簡単なまとめ

FFTのストーリー

異端者とされたラムザ一行が、教会の思惑、そして聖石とルカヴィの関係性・危険性に気が付き、人知れず戦い続ける物語。最終的に死都ミュロンドですべての元凶であるアルテマを討伐。異端者として帰る場所のないラムザたちは旅に出て終わる。

ゾディアックブレイブストーリー

聖石を集めて救国する物語全般のこと。その中で最も有名な「英雄王ディリータ」の物語を指すこともある。

ガレマール帝国に伝わるおとぎ話の「英雄王ディリータ」

獅子戦争の最中、12人の使徒と聖石を集めたディリータが、戦乱を治め、イヴァリース王となる物語。

劇団マジェスティックが演じた「ゾディアックブレイブストーリー」

獅子戦争の最中、奸計をめぐらしながら成り上がっていくディリータが、ルカヴィという謎の化物を討伐しつつ、イヴァリースの王となるまでの物語。王妃であるオヴェリアとは最後決別してしまう悲劇として描かれる。

最高のイヴァリース体験

別物であるが故に

それぞれの物語は似ているが別物であり、FFTとRtoIは直接関係がないことはご理解いただけたでしょうか。

名前も同じ。
状況もそっくり。
設定もよく似ている。

しかし、別物なのです。故にFFTの思い出をRtoIが侵害することはなく、逆もまた然り。FFTを知らずとも楽しめる構成になっています。なっていますが……ファンとしては一抹の寂しさを覚えていたのも事実です。

私はFFTがすごく好きで、何度もプレイしました。その名を冠した物語がFF14で展開されると知った時は本当に嬉しかった。

しかしながら、それらは似て非なる物。よくあるコラボイベントのように、名前とキャラクターを借りた一時のお祭りにしかならないのではないかと思っていました。

封印するか、倒すか

RtoIとFFTの物語の最大の違いは、最後の戦いにおけるアルテマの処遇にあります。

RtoIでは、ラムザ達は聖天使アルテマを倒しきれず「封印」。一行は自身をエーテル体とし、聖天使アルテマを倒せるだけの力をつけた未来の光の戦士へ、切なる願いを託しました。
一方、FFTではラムザがアルテマを「討伐」しています。

RtoIの物語は、やはりFFTとは全く別物なのだ。言われていたことですが、ただの似た話に過ぎないのだ……そう思っていました。思い出を侵さないという意味ではそれも良いのですが、面倒なファン心理故に、先述の通り少し寂しかった。

しかし、その寂しさは、RtoIがすすむにつれて杞憂であったと実感することになります。

交錯

オーボンヌ修道院から死都ミュロンドへ。ラムザ・ベオルブ一行と同じ道をたどった光の戦士たちが最後に見たのは、アルテマの討伐を確かめ、満足気にハイデリンへと還るラムザ・ベオルブとその仲間たち、そしてディリータの姿でした。

真実の探求を(建前では)目的としていたジェノミス・レクセンテール……アラズラム・デュライは、得られた真実をそのまま世に出さず、劇作家として、ラムザ・ベオルブの英雄譚を新たに描きあげます。

そのエンディングは……仲間たちと死都ミュロンドへ赴いたラムザ・ベオルブ達は、全ての元凶であるアルテマを“討伐”。その後果てない旅路へと赴く、というものでした。

それは、我々の知るFFTの物語と同じもの。
ここにきて、FFTとRtoIはついに真の交錯を果たします。

1997年にPlayStationで発売され、私含め多くのプレイヤーを虜にしたFFT。
それはアラズラム・デュライ、つまりジェノミス・レクセンテールが書き起こし、劇団マジェスティックが新たに演じた舞台と同じものだったのです。

劇中劇という劇薬

FFTとRtoIの構成を考えると……

FFTとは、あなたとアラズラム・デュライがデュライ白書を紐解く体験であり。
RtoIは、光の戦士とアラズラム・デュライがデュライ白書を紐解く物語です。

なんということでしょう。私たちがFFTをプレイした体験と、光の戦士が体験したことは同じものであり、レイヤーが「現実」か「エオルゼア」かの違いしかありません。
RtoIは、イヴァリースの物語という体験を、FF14というゲームの中で、FFTと全く同様に再現することに成功しているのです。

ところで、あなたはFF14のプレイヤーキャラクター……光の戦士を、どのような存在として捕えているでしょうか。無個性であるが故に想像の余地が大きく、多くの時間を共に過ごすことになる光の戦士。少なからず自己と同一化しているのではないでしょうか。

光の戦士が多少なりプレイヤーと同一視された存在だとするならば……かつてプレイヤーがFFTをプレイした体験を、FF14にて再構築したともいえるのではないでしょうか。

時と空間の魔法

FFTは1997年の発売ですので、既に20年以上経過しています。発売当時鮮やかであったあの戦場も、物語も、ある程度思い出の中で眠りつつあることは事実です。

もし仮に、FFTの発売がほんの数年前であったのなら……FFTがFF14の世界に取り込まれてしまうこの展開は、逆に酷評されしまった可能性があります。あなたの夢中になった世界は、ジェノミスが考えたお話でしかありません、ともとれますから。

しかしながら、RtoIは現実の時間経過、及びレイヤーの巧みな入れ替えにより、それらを乗り越え、そして見事に昇華させているように感じました。

私たちプレイヤーは、多くの時間をFF14の世界で過ごしています。エオルゼアに生き、エオルゼアで生活し、エオルゼアの出来事に心動かされています。多くの時間を過ごしているFF14だからこそ、この世界に少なからず愛着を持っています。

そんな世界に、ラムザ達は本当に生きていたんだ。
大袈裟に言えば、私の半身があるエオルゼアに、ラムザ達は本当に存在していたんだ。

かつて楽しんだFFTは、完全な夢じゃなかったんだ。

ある意味ただのゲームであったFFTは、RtoIのお陰でプレイヤーと地続きになりました。
FFTはゲーム。
だけれど、私は光の戦士としてラムザ達と会ったこともあるし、意思を受け継ぎ、共に冒険もしたのだ、と。

おわりに

クロスオーバーというのは非常に難しいものだと思います。
RtoIの発表時、FFTと直接関係ないと聞いた時、複雑な気持ちを抱かなかったといえば嘘になります。RtoIの初回プレイ時、名前は同じで似たセリフもあり、嬉しいけれど、「しかしながら全く別物」という想いが拭えなかったのも事実です。

しかし、それらは全く杞憂でした。

名前を借りただけではなかった。キャラクター達を借りただけではなかった。ちゃんとFF14の世界にFFTは息づいていて、そのお陰でFFTはより私にとって身近なものとなりました。

また、シナリオから「FFTは既にファンのもの」という意識も感じました。ファン心理とすれば、やはり原作とは絶対的なものです。しかし、終了したコンテンツは発展しません。それでもファンは――聖石のように、原作への切なる願いを増幅させ、繰り返し再生し続けてきました。

FF14の世界に再び生み出されたRtoIでは、制作陣が「貴方の中に生きているラムザ達こそが正解なのだ」とファンの背中を押してくれたような気がしました。

よかった。私の中で増幅していた切なる願いは、これはこれでひとつのFFTだったんだ。

FFTの経年、そしてFF14の特殊性がかみ合ったのはあるかもしれませんが、それにしてもFFTを尊重したまま、FF14の世界に落とし込むのは大変な作業であったと思います。
世のコラボには、名前とキャラクターを借りて、少し出して終わりなどというものも多い中、解釈によってFFTファンも大満足出来る体験をさせてくれた松野氏、及びFF14制作陣には感謝しかありません。

最高でした。
本当に、本当にありがとうございました。

最後に大事なことを。

RtoIがFFTの正史か? といわれれば、それはもう各々好きな方を受け入れれば良いのだと思います。FF14の中に取り込まれてしまうのが嫌なら無視すれば良いし、RtoIが気に入ればこれが正しいのだとすればいい。
きっと、もうFFTはファンのものです。それぞれの中にあるFFTが正解で、それぞれの中にラムザは生きています。

私は、まるで歴史上の人物に実際に出会ったような気がしてRtoIが気持ち良かったので、受け入れたいなと思っています。

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