2022/10/19 メインクエスト4.5-紅蓮【03.英雄への鎮魂歌】を更新しました。

【FF14・雑記】オメガは心を得られなかったのか

クロニクルクエスト:次元の狭間オメガのシナリオまとめが終わりました。ひとつの物語として見どころも多く、まとめていても凄く楽しかったです。
アルファは問答無用でかわいいですし、シドの人たらしぶりとか、ネロの態度とか……諸々語れば際限ありません。

さておき、オメガ編のテーマは――明言されているものではありませんが、私は「心」がテーマであると捉えました。それについて書いてみようと思ったものの、如何せん心とは哲学の範疇であり、私はこの分野にさほど明るくないため、あくまでも散文として読んでいただければ幸いです。

なお、本文には暁月までのネタバレが含まれます。
次元の狭間オメガのシナリオあらすじまとめは、以下のリンクよりどうぞ。

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エオスト -Story of Eorzea- では、Final Fantasy XIV(FF14)のクエストストーリーをまとめています。

心の物語

心とは何か

強者が弱者を打倒するのが常識ですが、稀に起こる、逆に「弱者が強者を圧倒する」事象を解明し、自身に転用しようとするオメガ。結局、最後まで事象の原因となる不可解極まりない「それ」を得ることは出来ませんでした。

「それ」とは、心のことです。

感情、気合、信念等、いろいろ言い換えることは出来るでしょうが、弱者が強者を圧倒するのは心の揺らぎが原因であり、心を持たず、そして理解できないオメガは終ぞ得られず、敗北。
いくら強くても、心が、信念がないならば勝つことは出来ない。……逆に言えば、信念があるならば圧倒的劣勢をひっくり返すことが出来る。次元の狭間オメガはそういう物語です。すごく少年漫画的ですね。

では果たして、心とは何なのでしょうか……と問うたところで、私の手の中に回答はありません。私に限らず人類は、おそらく正解を得られないことでしょう。

何故なら、心とは観測不可能なものだからです。

哲学的ゾンビ

哲学的ゾンビという言葉をご存知でしょうか。

「物理的化学的電気的反応としては、普通の人間と全く同じであるが、意識(クオリア)を全く持っていない人間」だそうです。(Wikipedia)

テキストだとわかりくいな……という方はこちらをどうぞ。

これを読んで「ぞっとする」ことこそ、あなたに心がある証左かもしれない……などとはさておき。要するに、一見心があるように振る舞う他人に、“本当に”心があるかは、心というものが観察出来ないのでわからない、という思考実験です。

心とは非常に曖昧であり、観察できません。
そして観察できない以上、心という存在を証明することは出来ません。

人類が積み上げてきた科学とは、事象について観察し、実験等の手法によって原理、法則を見いだす技術を指します。その前提となる観察ができない以上、現時点で人間は心というものに手を出しようがないのです。

エオルゼアに心は存在する

……という、ここまではリアルゼアの話です。
エオルゼアにおいては、仮にオメガが検証を続け、完璧に心を模せるようになったとしても、弱者が強者を圧倒するロジックを得ることは出来なかったでしょう。

というのも、エオルゼアでは心が実際に観察されており、心の動きが現実に作用するという物理現象が存在しているからです。

前者はご存知、超える力によるもの。この力を特に強く持っているのはクルルですが、主人公もアルファが旅立つ前に彼の心を読み取りました。超える力によって、心が観察可能なものとなっています。それはエオルゼアの世界に心というものがあるという証明になります。

後者は、暁月の範囲にはなりますが、デュナミスの存在が該当します。
デュナミスとは、想いの力を現実に反映する事象のこと。想い……つまり心が、物理現象として現実世界に影響を与えるわけです。

デュナミスの働きは実際に暁月シナリオのキーとなっていたことからも、心は存在しているのだといえるでしょう。

アルファが得た心、オメガが得られなかった心

次元の狭間オメガの物語の最後に、アルファは心を得ることが出来ました。

デュナミスの理論を援用するのであれば、弱者、つまりエーテルの薄い者はデュナミスに影響を及ぼしやすく、もともと素養はあったことに加え、光の戦士である主人公やガーロンド・アイアンワークスの面々と行動を共にする中で、心を得られたのだと解することができます。

……まあ、心という曖昧だからこそロマンを感じるものに理屈を通してしまうと、お話に色気が無くなってしまうことはさておき。

対してオメガは、心を得ることが出来ませんでした。
心が得られなければデュナミスの力を得られないため、結果主人公に負けてしまったわけです。

アルファは心を得られ、オメガが得られなかった理由は、ストーリー展開の都合だけでなく、きっちり理屈が通るようになっています。面白いのは、デュナミスという設定は、次元の狭間オメガが語られた遥か後につくられたもの……つまり後付けの設定である、という点です。しかしながら、FF14チームの風呂敷の畳み方、後付け設定のうまさは今日に始まったことではなく、本題ではないので、このあたりで終わっておきます。

オメガは心を得られなかったか

原理的に心を得にくかったオメガ。物語の終わりまで、主人公に心が観測されなかった以上、オメガが最後まで心を得られなかったことは間違いないでしょう。オメガは最後まで正しい検証をすることが出来ず、結果的に弱者である主人公達との戦いに敗れてしまいました。

最後まで心を得られず、大いなるデュナミスの力を得られなかったのだから、負けるべくして負けたのだ。
端的に言ってしまえば、オメガ編の物語はそれで終わりともいえるのですが――しかしながら、心が観測不可能であり、実在証明が不可能なリアルゼア世界に生きるプレイヤーの私は……

心がなかったことは間違いない、と言いつつ。

そうであったらいいなという願望も込めて、これらセリフの「……」に、オメガの心の芽生えを感じてしまうのでした。

おわりに

私たち人間は……特に日本人(主語大き目)にその傾向があるのかもしれませんが、ペットやぬいぐるみ、果てはロボット掃除機に至るまで、何かしら心があると感じがちです。
それはただの憶測でしかないし、願望に過ぎないかもしれない。それとも、本当に心があるかもしれない。心が観察できないリアルゼアでは、有無の確証を得ることなんてできません。

確証が得られないのならば……主観的に心があると感じたならば、きっとそこには心があると考えていいのではないでしょうか。証明できない以上、言ったもの勝ちですから。

オメガの物語は、ゲーム中の物語にすぎません。それでも――プレイヤーがそこに心があると感じたならば。
オメガはきっと、心を得られたのです。

……そうだったらいいですね。

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